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ユング派のトリックスター解釈は、
モース的（社会機能）でもレヴィ＝ストロース的（構造的媒介）でもなく、
“人間の深層心理（集合無意識）の原型”として扱う点が最大の特徴です。
以下では、ユング派のトリックスター論を体系的にまとめます。
🔷 1. ユングにおけるトリックスター：
⭐「集合的無意識の“原型（アーキタイプ）”の一つ」
ユングは世界中の神話に繰り返し現れるモチーフを
「集合的無意識に根差した原型」とみなし、
その中でもトリックスターは特に重要な位置づけです。
特徴：
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幼児的で原始的な存在
-
善悪の区別が曖昧
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いたずら、破壊、裏切り、ものまね
-
変身可能
-
文化の枠組みを無視する
これは外的社会というより、
**人間の心の“影”“無秩序”“未成熟な層”**を象徴するとされます。
🔷 2. ユングのトリックスター＝「シャドウ（影）原型の表れ」
ユング派が最も強調するのはこれ：
トリックスターは、個人の“シャドウ（影）”の象徴である。
シャドウとは、人間の心の中にある
“認めたくない側面”“未熟で本能的な衝動”のこと。
たとえば：
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怒り
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欲望
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自己中心性
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無分別さ
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子供っぽさ
-
衝動性
これらが神話では「トリックスター」という形で物語化される。
🔷 3. トリックスターは“心の統合”のステップを示す
ユング心理学では、トリックスターは
人格の成熟プロセスの初期段階を象徴しています。
⭐「トリックスター → シャドウ → アニマ／アニムス → セルフ」
と発達していく階層がある。
つまり、
トリックスターは“野性的・未分化な心の状態”の象徴。
そこから成長し、
自己の内面を統合していくと“セルフ（自己実現）”へ向かう。
🔷 4. “文化的な悪役”ではなく“心の成長の促進者”
ユング派では、トリックスターは
✔ 子供の心のように未分化
✔ 社会規範に縛られないエネルギー
✔ クリエイティブな破壊
✔ 自我の成長を促す“揺さぶり”
と捉えられます。
つまり、破壊的だけど建設的作用もある。
🔷 5. コヨーテやロキは“魂の未成熟部分”
ユング派がよく使う例：
■ 北米神話のコヨーテ
-
愚かで衝動的
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しかし時に文化を持ち込む存在
→ 人間の未熟さと創造性の同居を象徴
■ 北欧神話のロキ
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嘘つきで混乱を生む
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しかし神々に武器（トールの槌など）を提供する
→ 混沌が秩序を創造するプロセスを象徴
🔷 6. ユング派 vs レヴィストロース vs モースの比較
| 観点 | ユング派 | レヴィ＝ストロース | モース／デュルケーム |
|---|---|---|---|
| 基本視点 | 心理（集合無意識・原型） | 構造（神話の論理） | 社会（儀礼・機能） |
| 立場 | 心理学 | 構造人類学 | 社会学・人類学 |
| トリックスターの本質 | 無意識の“影”の象徴 | 二項対立の媒介者 | 社会秩序の境界者 |
| 関心 | 個人の成長・無意識 | 神話の構造・記号 | 社会統合・儀礼 |
| 扱い方 | 心の発達段階 | 神話の構造位置 | 祭礼・反転機能 |
| 例 | ロキ・コヨーテ・道化師 | コヨーテ／カラスの構造位置 | カーニバルの道化、魔術師 |
🔷 7. 学界的な雑学・裏話
■ ① レヴィストロースはユング派を強烈に批判した
レヴィストロースは
「普遍的原型」や「集合無意識」という説明を否定し、
ユングを“非科学的”とみなしていました。
トリックスター論は、その批判から生まれた部分があります。
■ ② ユング派は、逆にレヴィの分析を“心理を無視しすぎ”と見る
ユング派からは…
「人間の深層心理を除外して構造だけを見ても神話は理解できない」
という批判がよくある。
■ ③ サブカル研究ではユング派が今でも人気
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映画研究
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創作論
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ゲーム研究
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日本の神話論（特にアニメ研究）
などでは、ユングの“原型”の方が直感的に理解されやすいため、
レヴィストロースよりもポピュラー。
たとえば、
“少年漫画に必ず出てくる破天荒キャラ”＝トリックスター
という説明は完全にユング派。
🔷 まとめの一言
⭐ ユング派のトリックスター＝
「人間の無意識に潜む“影（シャドウ）”の象徴で、
人格の成熟プロセスの初期段階を表す。」
レヴィ＝ストロースやモースの「社会・構造」中心とは全く異なる、
“心理の深層”中心のアプローチになります。
もしご希望なら、
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トリックスターとシャドウを日本神話（アマテラス／スサノオ）で解釈
-
トリックスター原型が現代作品（ジョーカー、L、デスノート）でどう使われるか
-
ユング派の実践的応用（創作論・心理療法）
なども続けて説明できます。
トリックスターに関する主要な視点：ユング、レヴィ＝ストロース、モース/デュルケーム
トリックスター（道化、悪戯者）は、世界中の神話や民話に繰り返し現れる形象です。これに対する代表的な3つの学問的アプローチを比較します。
視点の概要比較
| 観点 | ユング（心理学） | レヴィ＝ストロース（構造人類学） | モース/デュルケーム（社会学的人类学） |
|---|---|---|---|
| 基本姿勢 | 心理学的：集合的無意識の元型として | 構造的：神話の論理における構造要素として | 社会的：社会秩序を維持する機能として |
| トリックスターの本質 | 無意識の「影」の体現。混沌をもたらすが、変容へと導く | 二元論的対立（生/死、自然/文化など）の媒介項 | 社会の境界を越え、儀礼的反転を可能にする存在 |
| 関心の焦点 | 個人の psyche（魂）、無意識との統合 | 神話の構造、記号、文化的論理 | 社会の統合、儀礼、集合的形態 |
| 理論内での扱い | 心の発達段階。対峙により全体性へ | 神話叙述における位置的存在。矛盾を論理的に処理 | 儀礼における機能的存在。反転により規範を強化 |
| 具体例 | ロキ（北欧）、コヨーテ（ネイティブ・アメリカン）、中世の道化 | コヨーテやカラス（死肉を食べることで狩猟/農耕を媒介） | カーニバルの道化、イヌイットのシャーマン、祭りの魔術師 |
各理論の詳細解説
1. ユングの分析的心理学：元型としてのトリックスター
カール・グスタフ・ユングは、トリックスターを集合的無意識に存在する普遍的な元型の一つと見なしました。
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「影」の体現： トリックスターは、個人や社会が抑圧した「好ましくない」性質（愚かさ、欲望、破壊性）を集約した「影」の象徴です。
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発展的役割： 一見混沌と破壊をもたらすその振る舞いは、意識（自我）に抑圧された素材を暴き出し、それと対峙・統合する過程（個性化） を促すことで、個人の精神的成長を促進します。
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具体例：
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ネイティブ・アメリカン： ワイナバーゴ族のコヨーテやウサギ。無様で欲望のままに行動するが、文化英雄へと変容する。
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ヨーロッパ： 中世の謝肉祭や道化祭。一時的に身分秩序が逆転し、抑圧されたエネルギーを解放する。
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神話： 境界を司るローマ神話のメルクリウス（ヘルメス）。狡猾で変身能力を持ち、トリックスター的性質を持つ。
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要約: ユングにとってトリックスターは、個人の内面における「成長のための必要な混乱」を象徴する存在です。
2. レヴィ＝ストロースの構造人類学：媒介項としてのトリックスター
クロード・レヴィ＝ストロースは、神話を人類に普遍的な思考の「論理」の現れと捉え、トリックスターを神話の構造の中で機能する記号として分析しました。
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二元論的対立の媒介： 人類の思考は「生と死」「自然と文化」などの対立概念で世界を理解します。トリックスターは、これらの対立の中間的・あいまいな属性を持つことで、両極を「媒介」し、文化的なジレンマを論理的に処理する役割を果たします。
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位置的役割： その本質は心理ではなく、神話という構造の中での位置にあります。
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具体例：
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コヨーテやカラス： 彼らは死肉食動物です。自分で狩りはせず（狩猟/肉食の側面）、植物も食べない（草食/農耕の側面）。この中間的な性質が、「狩猟」と「農耕」という対立する生活様式の間を「媒介」する役割を果たします。
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要約: レヴィ＝ストロースにとってトリックスターは、神話という「体系」の中で、対立を処理する「論理の道具」です。
3. モース/デュルケームの視点：社会機能としてのトリックスター
マルセル・モースとエミール・デュルケームは、社会学的観点から、トリックスター的な存在が社会の統合を維持する機能を果たすと説きました。
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儀礼的反転： 多くの社会では、祭りやカーニバルなどで、日常の規範や階層秩序が一時的に逆転する儀礼（秩序の反転）が見られます。
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安全弁としての機能： 道化やシャーマンなどの境界的存在が、この「許された混乱」を先導します。人々はこの中で抑圧された感情や反社会的欲求を安全に発散し、祭りが終わると日常の秩序が再確認されることで、かえって社会の結束（連帯） が強化されます。
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具体例：
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イヌイットの社会： モースの研究によれば、冬の集住期には役割の逆転や乱痴気騒ぎが起こり、社会の緊張を緩和しました。
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カーニバルの道化： 王や権力者を嘲笑うことで、社会の緊張を和らげる機能を果たします。
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要約: モース/デュルケームにとってトリックスター的存在は、社会という「システム」が秩序を維持するために利用する「安全弁」あるいは「統合の装置」です。
総合考察
これら3つの視点は、同じ現象を異なるレベルで補完的に説明しています。
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ユングは、それが個人の内面でどのような心理的意味と効用を持つかに焦点を当てます。
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レヴィ＝ストロースは、それが人類の普遍的思考構造の中でどのような論理的機能を果たすかを解き明かします。
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モース/デュルケームは、それが社会集団の維持と統合にどのように貢献するかを明らかにします。
トリックスターという一つの形象を巡って、心理学・記号論・社会学という異なる学問のレンズを通して多角的に理解できることを示す、非常に優れた例と言えるでしょう。
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