2026年6月18日木曜日

ショーペンハウアーとヘーゲル

ショーペンハウアーが、ヘーゲルと、同じ大学、同じ時間に、あえて、セットして、しかし、生徒は、殆んど、集まらなかったとか?、それ程、ヘーゲルの、授業に、人気があったとして、その、背景や、当時の、その界隈の、独特の、雰囲気の、様な物はありましたか?、雑学や業界話を、交えながら解説して下さい。

はい、その話はほぼ事実として有名です。

ショーペンハウアーは1820年に、当時ベルリン大学(現在の フンボルト大学ベルリン )で私講師(Privatdozent)になり、なんと意図的に ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル と同じ時間帯に講義を設定しました。

結果は惨敗。

ヘーゲルの教室には大勢の学生が集まり、ショーペンハウアーの教室はほぼ空席だったと伝えられています。彼は後年までこの屈辱を忘れず、ヘーゲルを激しく批判し続けました。

ただし、この話を理解するには「ヘーゲルが凄かった」というより、当時のドイツ知識界の空気を知る必要があります。

当時のドイツは「哲学が王様」の時代

今で言えば、

  • AI研究者
  • 人気経済学者
  • ベストセラー作家
  • 政治思想家

を全部足したような存在が哲学者でした。

18世紀末から19世紀初頭のドイツでは、

  • イマヌエル・カント
  • ヨハン・ゴットリープ・フィヒテ
  • フリードリヒ・シェリング
  • ヘーゲル

という流れで、

「世界全体を一つの理論で説明できる」

という壮大なプロジェクトが流行していました。

今で言えば、

「宇宙の統一理論」 「人類史の最終理論」

みたいなものです。

ヘーゲルはその総仕上げをやっているように見えた。

だから学生たちは、

「今、歴史が動いている」

という感覚で講義を聞いていました。


ヘーゲルは当時のスター教授

雑学ですが、当時のドイツ大学では教授はかなりの有名人でした。

特にベルリン大学は創設間もない新興エリート大学。

そして当時の プロイセン は、

「ナポレオンに負けた国を教育で立て直す」

という国家プロジェクトを進めていました。

その知的エリート養成機関がベルリン大学です。

ヘーゲルはそこで

「国家公認の大哲学者」

のような立場になっていきます。

今風に言えば、

  • 東大
  • ハーバード
  • MIT

を足したような国家的知の中心にいるスター教授でした。

学生が集まるのは自然でした。


ショーペンハウアーは時代の空気を読めなかった

一方でショーペンハウアーは全く別方向でした。

彼は、

世界は理性ではなく盲目的な意志によって動く

と考えていました。

つまり、

ヘーゲル 「歴史には意味がある」

ショーペンハウアー 「そんなものはない」

ヘーゲル 「理性が世界を導く」

ショーペンハウアー 「理性なんて意志の召使いだ」

という関係です。

当時の学生から見ると、

ヘーゲルは希望。

ショーペンハウアーは陰気。

だったわけです。


実はヘーゲルの文章も難解だった

面白い業界話があります。

現代でも哲学科の学生はよく、

ヘーゲルは何を言っているのか分からない

と言います。

実際、同時代人もそう思っていました。

ショーペンハウアーはヘーゲルについて、

「意味不明な言葉を並べているだけだ」

と痛烈に批判しています。

ただし当時の学生は、

難しいこと自体に価値を感じていた面もあります。

これは現代の流行理論にも少し似ています。

理解が難しいほど、

「何か深いものがあるに違いない」

と思われやすい。

ヘーゲルはまさにその中心人物でした。


後世では逆転現象が起きた

皮肉なのはその後です。

1831年にヘーゲルが亡くなると、

ヘーゲル学派は分裂します。

一方ショーペンハウアーは長く無名でしたが、1850年代以降に大人気になります。

特に

  • リヒャルト・ワーグナー
  • フリードリヒ・ニーチェ
  • ジークムント・フロイト

などへ強い影響を与えました。

「理性的な人間」の裏にある、

  • 欲望
  • 衝動
  • 無意識

を重視したためです。

むしろ20世紀以降はこちらの方が現代人には身近になりました。


哲学史のゴシップとして見ると

この事件は、

「無名新人が業界トップに公開勝負を挑んだ」

話でもあります。

現代風に例えるなら、

無名研究者が

「自分の講演を、イーロン・マスクやサム・アルトマンの基調講演と同時刻にやる」

と言い出したようなものです。

そして会場に誰も来なかった。

ショーペンハウアーは本気で勝てると思っていたので、余計にダメージが大きかった。

その恨みは数十年続き、彼の著作にはヘーゲルへの嫌味が頻繁に登場します。

哲学史の世界では、

ヘーゲルとショーペンハウアーの対立

は、単なる思想対立というより、

「時代の寵児と、時代に先行しすぎたアウトサイダー」

の物語としても語られることが多いのです。

ヘーゲル、ショーペンハウアーの、それぞれの、学問としての、素晴らしい所としては?、

面白いところは、ヘーゲルとショーペンハウアーは「どちらが正しいか」というより、

人間の知性の二つの極端な才能

を代表していることです。


ヘーゲルの凄さ

ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル の最大の強みは、

「個々の出来事を歴史全体の中で理解する力」

です。

彼以前の哲学者は、

  • 人間とは何か
  • 国家とは何か
  • 自由とは何か

を個別に考えていました。

しかしヘーゲルは、

それらは歴史の発展過程の中で変化する

と考えました。


例えば自由。

現代人は自由を当然視しますが、

古代ギリシャでは奴隷制が普通でした。

中世では身分制が当たり前。

近代になって人権思想が出てきた。

ヘーゲルは、

自由の概念そのものが歴史の中で成長している

と考えた。

これは当時かなり新しい視点でした。


「歴史を見る目」を発明した

現在、

  • 歴史学
  • 社会学
  • 政治学

で当たり前になっている

制度や価値観は歴史的に形成される

という考え方にはヘーゲルの影響があります。

だからヘーゲルは、

「歴史的思考の巨人」

と呼ばれます。


矛盾を重視した

もう一つの凄さ。

ヘーゲルは、

矛盾は失敗ではなく発展の原動力

と考えました。

普通は、

矛盾=間違い

です。

しかしヘーゲルは、

  • 個人の自由
  • 社会秩序

のような対立があるからこそ歴史が進歩すると考えた。

これは後の

  • カール・マルクス
  • 社会理論
  • 政治思想

に巨大な影響を与えます。


ショーペンハウアーの凄さ

一方、アルトゥル・ショーペンハウアー の凄さは全く逆です。

彼は、

人間の非合理性を異常なほど鋭く見抜いた。


当時の哲学界は、

人間は理性的存在である

という楽観論が主流でした。

ショーペンハウアーは、

本当にそうか?

と言った。


例えば。

ダイエットすると決める。

しかし夜中にケーキを食べる。

投資で冷静になろうと思う。

しかし暴落するとパニックになる。

恋愛で冷静に判断すると言う。

しかし感情で動く。


ショーペンハウアーは、

人間は理性で動いているのではない

根底の「意志」に振り回されている

と考えました。


フロイトの先祖みたいな存在

後に ジークムント・フロイト

「無意識」

を語ります。

また現代心理学も

「人間は思ったほど合理的ではない」

と示しています。

その意味でショーペンハウアーは非常に先見的でした。


苦しみの分析が深い

彼の有名な考え。

欲望が満たされないと苦しい

満たされても退屈になる

というものです。

例えば、

  • 就職したい
  • 結婚したい
  • お金持ちになりたい

と思う。

しかし達成すると今度は別の欲望が出てくる。

これは現代でもかなり実感しやすい洞察です。


二人を一言で表すと

ヘーゲル

人類全体を見ていた哲学者

ショーペンハウアー

人間の内面を見ていた哲学者

と言えます。


哲学史ではしばしば、

ヘーゲルは「世界史の哲学者」、 ショーペンハウアーは「心理の哲学者」

と対比されます。

そして面白いことに、現代社会では両方とも当たっています。

  • 国家や制度や歴史を考えるときはヘーゲルが役立つ。
  • 欲望や恋愛や不安や幸福を考えるときはショーペンハウアーが役立つ。

だから現在でも、この二人は単なるライバルではなく、

「世界を見るレンズ」と「人間を見るレンズ」の二大巨頭

として読み継がれているのです。

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