My Back Pages - Bob Dylan Cover
Daniele Brillo
『マイ・バック・ページ』というタイトルは、日本映画とボブ・ディランの楽曲が深く結び付いた、非常に「映画好き・音楽好きがニヤリとする」引用です。ただし、映画は単なるディランへのオマージュではなく、曲の意味そのものを物語のテーマにした作品と言えます。
① 映画『マイ・バック・ページ』とは
2011年公開、山下敦弘監督作品。 原作は川本三郎の回想ノンフィクションで、1968~72年の学生運動を背景にしています。主人公は若い新聞記者(妻夫木聡)と革命家を名乗る活動家(松山ケンイチ)。実在の「あさま山荘事件」や「よど号事件」の時代へ向かう空気が描かれています。
興味深いのは、この映画は「左翼運動」を肯定も否定もしていません。
描いているのは
- 理想に酔う若者
- その理想を信じたジャーナリスト
- 現実に打ち砕かれる青春
なのです。
つまり青春映画でもあり、政治映画でもあります。
② ボブ・ディランの「My Back Pages」
この曲は1964年のアルバム 『Another Side of Bob Dylan』 に収録されています。
当時のディランは「プロテスト・ソングの旗手」と祭り上げられていました。
ところが彼は
「そんな英雄なんてやりたくない」
と思い始めます。
その転機を象徴する曲が My Back Pagesです。
有名な一節があります。
Ah, but I was so much older then, I'm younger than that now.
日本語にすると
「あの頃の俺は今よりずっと年寄りだった。 でも今の方が若い。」
これは年齢の話ではありません。
「あの頃は、自分が世界の真理を知っていると思っていた。」 「今は分からないことを認められる。」
という意味です。
この逆説は、ディラン作品でも屈指の名フレーズです。
③ 映画タイトルが、この曲なのはなぜ?
川本三郎自身がディラン世代でした。
学生運動の真っただ中にいた彼は、
「若い頃、自分たちは正義を知っていると思っていた」
しかし歳を重ね、
「あれは思い込みだった」
という複雑な感情を持つようになります。
つまり
映画 ↓ 原作 ↓ ディランの歌
この三つは同じテーマを語っています。
若さゆえの確信と、その喪失。
④ 映画好きが喜ぶ小ネタ
映画では主人公の部屋に、ディランのアルバム『Another Side of Bob Dylan』のジャケットがさりげなく飾られています。
つまり
「タイトルだけ借りました」
ではなく
「この映画はこのアルバム世界の住人ですよ」
という演出になっています。
こういう美術セットは、日本映画では意外と手が込んでいます。
⑤ エンドロールにも仕掛け
主題歌は
真心ブラザーズ+奥田民生
による "My Back Pages"
しかも
- 奥田民生が英語詞
- YO-KINGが日本語訳
という珍しい構成です。
普通なら全部英語で歌うところを、日本語訳を混ぜたのは、映画のテーマを観客に直接伝えるためと言われています。
⑥ ディラン業界では有名な話
実はディラン本人は
"My Back Pages"
をライブで何百回も歌っていますが、
歌詞を毎回かなり変えます。
ファンの間では
「今日の My Back Pages はどんな歌詞になるか」
という楽しみ方まであります。
ディランは
「レコードは完成形ではなく、途中経過」
という考え方なので、
毎回違う曲になってしまうのです。
⑦ ロック史の有名エピソード
1992年、 ディラン30周年記念コンサートでは
"My Back Pages"
を
- Eric Clapton
- Neil Young
- Roger McGuinn
- Tom Petty
- George Harrison
という超豪華メンバーが歌いました。
ロック界では
「人生を振り返る歌」
として特別な位置にあります。
⑧ 映画業界の裏話
監督の山下敦弘は、それまで
- 『リンダ リンダ リンダ』
- 『天然コケッコー』
など、ゆるく自然体な青春映画で知られていました。
そのため、この重い政治題材を撮ると聞いた映画ファンは驚きました。
ところが完成作は「政治映画」ではなく、いつもの山下作品らしい**「青春の終わりを見つめる映画」**になっており、多くの映画ファンから「山下敦弘らしさが失われていない」と評価されました。
⑨ タイトルが意味する「Back Pages」
"Back Pages" は直訳すると「裏ページ」「後ろのページ」。
しかし英語では
- 昔の日記
- 人生のページをめくる
- 過去を振り返る
という比喩にもなります。
だから
My Back Pages
は
「私の昔のページ」
つまり
「若かった頃の自分」
というニュアンスになります。
映画もディランの曲も、
「昔の自分を否定する」のではなく、「あの頃はそう信じていた」と静かに見つめ直す物語なのです。
だからこそ、単なる政治映画でも青春映画でもなく、「時代に翻弄された若者たちへの鎮魂歌」として、今でも語り継がれる一本になっています。
悪口や陰口、根拠のない告げ口、信頼を裏切るような振る舞いは、人間関係を傷つけることがあります。特に、本人がいないところで評価を下げたり、信頼を利用したりする行為に強い嫌悪感を覚える人は多いでしょう。
一方で、「告げ口」のように見える行為でも、状況によって意味が変わることがあります。例えば、
- 誰かを陥れるために言いふらすのか。
- いじめや犯罪、危険な行為を止めるために報告するのか。
では、性質が大きく異なります。
だから、「人に関する情報を伝えること」自体が悪いというよりは、何のために、どのような意図で行われるかが重要なのだと思います。
あなたがおっしゃっているのは、おそらく前者、つまり「人を傷つけたり、自分の利益のために他人を売るような行為」が嫌だということですよね。
ボブ・ディランの作品にも、人間の偽善や裏切りをテーマにした歌は少なくありません。だからこそ『My Back Pages』のように、「自分は本当に正しいのだろうか」と問い直す姿勢が、多くの人の心に残るのかもしれません。
人は時に、驚くほど親切にもなれば、驚くほど残酷にもなります。その両方の面を持っているからこそ、自分はどうありたいかを考え続けることが大切なのだと思います。
その感覚は、とても現実的だと思います。
人の行動を「きっとこういう目的だ」と考えても、実際には分からないことが多いですよね。
- 相手は何も考えていないかもしれない。
- 誤解しているだけかもしれない。
- 本当に悪意があるかもしれない。
- 逆に、こちらが気づいていない事情があるかもしれない。
結局、本人にしか分からないことも少なくありません。
そして、あなたが言うように、いくら考えても相手はこちらを気にしていなかったり、無視していたりすることもあります。そうなると、こちらだけが考え続けて疲れてしまいます。
ボブ・ディランの歌には、人間を単純に「善人」「悪人」と決めつけない視点があります。『My Back Pages』も、「昔は何でも分かったつもりだった。でも今は、そんなに単純じゃないと知った」という歌です。
だから、人間関係でも、
「本当のところは分からない。」
と、一歩引いて考えることが、自分を守ることにもつながる場合があります。
相手の目的を完全に理解することは難しいですが、自分が「どういう人でありたいか」は自分で選べます。その点は、相手の反応に左右されず、自分で大切にできる部分だと思います。
ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞したのは2016年です。
あなたが先ほど話していた映画『マイ・バック・ページ』(2011年)とは少し時期が離れていますが、日本では「あの映画のタイトルになったディランが文学賞を取った」と改めて話題になりました。
なぜ文学賞だったのか?
ノーベル賞委員会は、受賞理由を
「偉大なアメリカの歌の伝統の中に、新たな詩的表現を創造したこと」
と説明しました。
つまり、「ミュージシャンだから」ではなく、歌詞そのものが文学として高く評価されたのです。
これには賛否両論がありました。
- 「歌詞も文学なのだから当然だ。」
- 「小説家や詩人が受けるべきでは?」
と世界中で議論になりました。
業界が驚いたこと① 「本人が返事をしない」
受賞が発表されたあと、ディランはしばらく何のコメントも出しませんでした。
ノーベル賞委員会も連絡がつかず、
「本当に受け取る気があるのだろうか?」
と話題になりました。
これは音楽業界では「いかにもディランらしい」と受け止められました。
ディランは昔から、世間が自分に期待する役割から距離を置く人だったからです。
業界が驚いたこと② 授賞式に来なかった
ディラン本人はストックホルムでの授賞式には出席しませんでした。
代わりにスピーチが代読され、後日、講演録音を提出して正式に賞が成立しました。
「ノーベル賞を受賞しても、自分の生活を大きく変えない。」
そんな姿勢も、ディランらしいと言われました。
日本の音楽業界の反応
日本では、多くのミュージシャンが喜びました。
特にフォークやロックの世代には、
「歌詞も文学として認められた」
という意味が大きかったのです。
日本のフォークソングは
- 吉田拓郎
- 中島みゆき
- さだまさし
など、「言葉」を重視する文化があります。
そのため、
「ディランが受賞したなら、歌詞も文学なんだ」
という空気が広がりました。
「My Back Pages」と文学賞
実は『My Back Pages』は、文学賞の受賞理由を象徴する一曲とも言われます。
有名な
"Ah, but I was so much older then, I'm younger than that now."
という一節は、わずか一行で
- 若さ
- 思想
- 老い
- 成長
- 自己反省
を表現しています。
英語圏では、この一節だけで何冊もの評論が書かれるほど有名です。
ディランらしい逸話
ディランはインタビューで、自分の歌の意味を聞かれても、
「そう思うなら、それでいい。」
というような曖昧な答えをすることがよくあります。
ファンや評論家は何十年も歌詞を分析していますが、本人はあまり「正解」を語りません。
「作品は聴く人のものでもある」という考え方なのかもしれません。
面白い雑学
ディランは、1960年代から現在までツアーを続けています。
そのためファンの間では、
"Never Ending Tour(終わらないツアー)"
という愛称で呼ばれています。
ライブでは代表曲でもアレンジを大きく変え、「この曲だったのか」と終わるまで気づかないことも珍しくありません。初めてライブに行った人が「『Blowin' in the Wind』だと最後まで分からなかった」という話は、半ば伝説になっています。
こうして振り返ると、『マイ・バック・ページ』という映画のタイトルは、単に有名な曲名を借りたのではなく、「若い頃の確信を振り返る」というディラン文学の世界観をそのまま映画に持ち込んだものだったことが分かります。そして、そのディランが後にノーベル文学賞を受賞したことで、「あの歌詞は文学だったのだ」という評価が、世界的にも裏付けられた出来事だったと言えるでしょう。
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