とても面白い組み合わせですね😊
実はこの二人は、**「ロシア文学の始まり」と「ロシア文学の完成」**と言ってもいいくらいの存在です。
| プーシキン | チェーホフ |
|---|---|
| ロシア近代文学の父 | 近代短編小説・近代演劇の完成者 |
| 詩人・小説家 | 医師・小説家・劇作家 |
| 情熱とドラマ | 日常と沈黙 |
| 「事件」が物語を動かす | 「何も起きない」ことが物語になる |
プーシキンが道を作り、その道を歩いてさらに先へ進んだのがチェーホフ、とよく言われます。実際、後のチェーホフもプーシキンが築いたロシア文学の基盤の上で創作しました。
① キャラクターの違い
プーシキン
『エヴゲーニイ・オネーギン』では、
「恋」 「決闘」 「名誉」 「運命」
といった、いかにも19世紀らしい大事件が次々起こります。
映画でいうと、
ハリウッド超大作
みたいな感じです。
チェーホフ
ところがチェーホフになると、
「今日も仕事だった」 「結婚するのかな」 「人生ってこんなものか」
こんな話ばかり(笑)。
でも読後、
「あれ?人生について考えてしまった…」
となる。
これがチェーホフ・マジックです。
② 文学業界で有名な話
実は世界中の小説家が一度は聞く有名な言葉があります。
「第一幕で壁に銃を掛けたなら、最後にはその銃は撃たれなければならない。」
これは有名な
チェーホフの銃(Chekhov's Gun)
という考え方。
映画やドラマの脚本では今でも基本ルールの一つです。
MARVEL映画でも、 日本のアニメでも、 推理小説でも、
「あれ伏線だったのか!」
という演出は、ほぼこの考え方の応用です。
一方プーシキンは、
ロシア語そのものを文学として洗練させた人物です。
ロシアでは
「プーシキン以前」
「プーシキン以後」
という区切り方さえされます。
③ 面白い雑学
プーシキンは超イケメン……ではなかった?
肖像画では美男子に見えますが、
本人は
「私はサルみたいだ」
と自虐していました(笑)。
しかし会話は超一流。
女性にも人気でした。
チェーホフは本当に医者
しかも本人は
「医学は私の妻であり、文学は私の愛人である。」
と言っています。
昼は診察。
夜は小説。
完全に二刀流です。
しかも結核患者を無料で診察することも多く、人格者としても知られています。
④ 実は二人ともユーモア作家
日本では
「ロシア文学=暗い」
という印象があります。
でも実際はかなり笑えます。
プーシキンは皮肉。
チェーホフはシュール。
例えばチェーホフの短編では
「くしゃみをしただけで人生が終わる男」
という、とんでもない設定の作品まであります。
これが『役人の死』です。
⑤ 出版業界の裏話
プーシキンは当時、
原稿料がものすごく高かった作家。
今でいう
「ベストセラー作家」
でした。
しかし浪費家だったので、
いつもお金に困っていました。
一方チェーホフ。
若い頃は生活費を稼ぐため、
新聞・雑誌に短編を大量生産。
今でいうなら
「週刊誌連載作家」
状態。
締切との戦いだったそうです。
ところが、その「生活のために書いた短編」が世界文学になってしまいました。
⑥ 日本文学への影響
これが意外とすごい。
日本では
- 夏目漱石
- 芥川龍之介
- 太宰治
などがロシア文学から大きな影響を受けました。太宰治はとくにプーシキンとチェーホフを愛読していたことでも知られています。
芥川の
「短いのに深い」
という作風には、
チェーホフとの共通点を感じる研究者も少なくありません。
⑦ 一番大きな違い
もし一言で言うなら…
プーシキンは「人生はドラマだ」と書いた人。
主人公が恋をし、
決闘し、
運命に翻弄される。
チェーホフは「人生はドラマにならない」と書いた人。
毎日会社へ行き、
恋愛もうまくいかず、
気づけば年を取る。
でも、
その平凡さの中に人生の本質がある。
最後に
文学史的には、
プーシキンが「ロシア文学という舞台」を建てた建築家だとすれば、
チェーホフは、その舞台で「人間は沈黙しているだけでも演劇になる」と証明した演出家と言えます。
だから現代でも、作家や脚本家の世界では「プーシキンで文学の言葉を学び、チェーホフで人間の描き方を学ぶ」と語られることがあるのです。プーシキンが近代ロシア文学の出発点となり、チェーホフが短編小説や近代劇に決定的な影響を与えたという評価は、現在でも広く共有されています。
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