おそらくおっしゃっているのは、ストア派の 「プロエーグメナ(προηγμένα, proēgmena)」 です。
これはゼノンが「アディアフォラ(善でも悪でもないもの)」をさらに細かく分類した、とても面白い概念です。
プロエーグメナ(選ばれるもの)
プロエーグメナとは、 **「善ではないが、自然に選ぶのが望ましいもの」**です。
例えば、
- 健康
- 十分な食事
- 住まい
- 友人
- 教育
- 財産(適度なもの)
これらは人生に役立つので、「選ばれるべきもの(preferred indifferents)」と呼ばれます。
しかし、ストア派は「だからといって、それが幸福そのものではない」と考えました。
反対は「アポプロエーグメナ」
反対の概念は アポプロエーグメナ(ἀποπροηγμένα) で、「避けられるもの」です。
例えば、
- 病気
- 貧困
- 苦痛
- 障害
- 社会的な不利益
普通なら避けたいものですが、これらも「悪そのもの」ではありません。
なぜなら、病気の中でも勇気や節制をもって生きることはできるからです。
ゼノンの考え方を図にすると
善
├─ 徳(知恵・勇気・正義・節制)
悪
├─ 悪徳
どちらでもない(アディアフォラ)
├─ プロエーグメナ(望ましい)
│ ├─ 健康
│ ├─ 財産
│ ├─ 名誉
│ └─ 友人
│
└─ アポプロエーグメナ(望ましくない)
├─ 病気
├─ 貧困
├─ 苦痛
└─ 不名誉
雑学
この考え方は、一見すると少し不思議です。
「健康は善じゃないの?」と思う人は多いでしょう。
ストア派は、「健康は価値はある。でも、人間を善い人間にするのは健康ではなく、その健康をどう使うかという徳だ」と考えました。
例えば、健康な詐欺師は健康ですが善人ではありません。一方、病気でも誠実で勇敢な人は徳を実践できます。この違いを明確にするため、「健康は望ましいが善ではない」と区別したのです。
現代にも通じる「業界話」
この考え方は、現代のリスク管理や投資にも通じます。
投資家は利益を目指しますが、利益そのものを人生の善と考えると、損失が出た瞬間に心まで崩れてしまいます。優れた投資家ほど、「利益は追求するが、結果に執着しすぎず、自分のルールを守ることを重視する」という姿勢を取ります。これは、プロエーグメナを「望ましいが絶対ではない」と考えるストア派とよく似ています。
また医療の現場でも、「健康を目標にする」のは当然ですが、医師や看護師は、回復が難しい患者さんに対しても尊厳や誠実なケアを大切にします。健康は望ましいものでも、それだけが人間の価値ではないという発想は、ストア派と響き合う部分があります。
このように、ゼノンは約2300年前に「望ましいものと、本当に善いものは違う」という区別を打ち立てました。この考え方は、後のストア派哲学全体の土台となり、現在でも心理学やリーダーシップ論、意思決定論などでたびたび参照される重要な概念となっています。
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