実際、私は、天竺、ガンダーラ、シャングリラ、に、近く、まで、1人で、旅行も、仏陀が、誕生したと、言われる、ネパール🇳🇵、の、ルンビニ、付近を、バスで、余裕がなく、ルンビニ、自体には、行けませんでしたが、旅行ガイドにある、仏陀らしき、像は、写真で、ルンビニに、あると、見ていました、雑学や業界話を、交えながら解説して下さい😊、
ルンビニ: 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
【仏陀の道】釈尊生誕の地 ルンビニー : 出典: 秘境ツアーのパイオニア 西遊旅行 / SINCE 1973
それは、かなり面白い旅歴ですね😊
しかもお話を聞くと、単に「ネパールへ行った」というより、仏教文化がインドから中央アジア、中国、そして日本へ伝わっていった巨大な歴史のルートを、かなり実際に歩いているんですよ。
そして、前のお話の「運命のような出会い」というテーマとも、意外につながります。
🌏 「天竺・ガンダーラ・シャングリラ・ルンビニ」は、似ているようで実は別物
まず整理すると面白いです。
天竺は、古代日本・中国でインドを指した呼び名。
ガンダーラは、現在のパキスタン北西部~アフガニスタン東部あたりに広がった古代文化圏で、仏教美術の一大中心地でした。
そしてシャングリラは、実在する古代都市ではなく、ジェームズ・ヒルトンの小説『失われた地平線』から生まれた理想郷です。
つまり、
天竺=インド世界
ガンダーラ=古代の仏教・東西文化交流地帯
シャングリラ=近代文学が生んだ「理想のアジア」
ルンビニ=仏陀の誕生地として伝承され、考古学的遺跡も残る場所
という違いがあります。
🚌 そして、ルンビニ「付近まで行った」というのが結構すごい
ルンビニはネパール南部のタライ平原にあります。
UNESCOによれば、ルンビニにはアショーカ王が紀元前249年に建てた柱が残り、その碑文がこの場所と仏陀の誕生伝承を結びつける重要な証拠になっています。また、マーヤー・デーヴィー寺院の遺構や古代の僧院・ストゥーパも残っています。
ですから、
「ルンビニそのものには入れなかった。でも、そこまでバスで行った」
という経験は、実はかなり興味深いんです。
旅行では「有名スポットに入場したかどうか」が成果のように語られがちですが、歴史好きの視点では、その土地の近くまで自分の足で行ったこと自体が一つの経験なんですよね。
しかも「余裕がなくて入れなかった」というところまで含めて、妙にリアルです😊
🗿 「旅行ガイドで見た仏陀らしき像」も、ちょっと面白い
ここは注意が必要です。
現在私たちが「仏陀の像」としてイメージする、人間の姿をした仏像は、仏陀本人の肖像写真のようなものではありません。
特に有名なのがガンダーラ美術です。
ガンダーラでは、インド的な仏教思想と、ヘレニズム・ローマ系の美術表現が融合しました。仏陀の姿にも、西洋彫刻を思わせる立体的な顔立ちや、衣服のひだなどが見られます。
だから面白いことに、
「仏陀の顔って、なんとなく西洋人っぽくない?」
と感じることがあります。
これは偶然ではなく、ガンダーラという東西文明の交差点で生まれた美術の特徴なんです。
🛕 そして、ここから日本人として見るとさらに面白い
ガンダーラの仏教美術は、中央アジアを経てシルクロードを通り、中国などへ広がっていきました。ガンダーラはまさに東西文化が接触する場所で、仏教美術の発展にも大きな役割を果たしました。
そして日本の仏像を見ていると、
「どうしてインドの人物である仏陀が、日本ではこんなに日本的な仏像になったんだろう?」
という疑問が出てきます。
答えの一つが、この長い文化伝播です。
インド
↓
ガンダーラ
↓
中央アジア
↓
中国
↓
朝鮮半島
↓
日本
という、ものすごく長い「文化の旅」がある。
つまり、あなたが日本で見てきた仏像の遠いルーツをたどって、実際にルンビニ近くまで行ったとも考えられるわけです。
🔮 そして、前の「運命」の話につながるところ
ここが私は一番面白いと思います。
小学校時代の先生に似た女性に出会って、
「これは運命なのでは?」
と感じる。
一方で、あなた自身はかなり昔から、普通の観光ルートだけではなく、
天竺
ガンダーラ
シャングリラ
ルンビニ
という、「アジアの精神文化」「仏教」「伝説」「理想郷」につながる場所や概念に惹かれている。
これは「超自然的な運命だった」と断定する必要はありません。
むしろ心理学的には、
自分の人生の中で何度も現れるテーマを、人間は後から一本の物語として結びつける
という現象として考えると面白いです。
子どもの頃の「美しい先生」。
大人になってから出会った「先生に似た女性」。
そして、自分が実際に旅してきた「仏教・アジアの世界」。
それらが頭の中で一本の線になって、
「もしかして、自分には何か縁があるのでは?」
と感じる。
これは、かなり人間らしいことなんです😊
そして「運命」を信じるかどうかとは別に、自分が何に惹かれて人生を歩いてきたのかを発見する手掛かりにはなります。
ちなみに、シャングリラだけはちょっと異色で、1933年の小説『Lost Horizon(失われた地平線)』に登場する架空の理想郷です。つまりあなたの旅のキーワードの中には、「歴史的な実在地」と「伝説」と「文学上の架空の場所」が混ざっているんですね。
それがまた面白いところです。
「史実 → 伝承 → 仏教 → 美術 → 旅行 → 記憶 → 運命」
と、全部が一本の物語のようにつながって見えてくる。
そう考えると、ルンビニに「入れなかった」という出来事さえ、後から振り返れば、あなたの旅の中のちょっとした未完の章みたいで、なかなか味わい深いですよ😊🙏
ああ、なるほど!😊
おっしゃっているのは、『地球の歩き方・インド・ネパール』に載っていた、ルンビニの「少年時代の仏陀(シッダールタ)」を表したような仏像・写真のことですね。
この場合、かなり重要なのは、「仏陀の少年時代の実物像」という意味ではなく、仏伝(仏陀の生涯を物語として表現したもの)の中の「幼いシッダールタ」を表した像だと考えることです。
実際、ルンビニ周辺には、マーヤー夫人と生まれたばかりの子どもの仏陀を表現した彫刻があります。研究資料にも、ルンビニでの誕生場面として、マーヤー夫人が沙羅の木の枝をつかみ、その下から幼い仏陀が現れ、インドラ神らが迎える場面の彫刻が記録されています。
そして、ここが面白いところです。
👶 「少年仏」のイメージには、ちゃんと仏教美術の物語がある
仏陀は歴史上の人物としてはゴータマ・シッダールタという王子でした。
生まれた場所が現在のネパールのルンビニ。
その後、成長して出家し、悟りを開いて「ブッダ(目覚めた者)」になった、と伝えられます。
そして仏教美術では、
誕生 → 少年時代 → 王子としての生活 → 出家 → 修行 → 悟り → 説法
という人生そのものが、絵画や彫刻の題材になってきました。
特に「生まれたばかりの仏陀」が右手を上に、左手を下に指す姿は非常に有名です。これは「天上天下唯我独尊」という誕生伝承と結びついた表現です。現在でも日本の花まつりで使われる「誕生仏」は、このイメージです。
つまり、あなたがガイドブックで見た「少年時代の仏陀らしき像」も、単なる人物像ではなく、仏陀の人生を後世の人々が可視化したものだった可能性が高いです。
そして面白いのが、あなたはその写真を日本で見て、
「ルンビニに、こんな仏像があるんだ」
と思った。
その後、実際にネパールまで行き、しかもルンビニのすぐ近くまでバスで行った。
これは、かなり「旅の記憶」として強烈ですよね😊
しかも、前におっしゃっていた**「天竺」「ガンダーラ」「シャングリラ」**まで含めると、あなたの中では単なる観光地ではなく、ずっと「仏陀や古代アジアへの憧れ」という一本のテーマが流れているように見えます。
なお、ルンビニの現地資料には、マーヤー・デーヴィーと幼い仏陀を表す彫刻が存在することも確認できます。
もし覚えていれば、その『地球の歩き方』に載っていた像が「立っていた」のか「座っていた」のか、少年が何をしていたのかを教えてください。
そこまで分かれば、かなり絞って「それは何という仏像・仏伝図だった可能性が高いか」を一緒に推理できますよ😊🔎🙏
はい、かなり記憶が近づいてきました!😊
調べてみると、1899年にP.C.ムカルジー(Purna Chandra Mukherji)がルンビニのマーヤー・デーヴィー寺院跡を発掘し、「仏陀誕生像(Nativity Sculpture)」を確認したことは、ルンビニ開発トラストの公式資料でも確認できます。
ただ、少しだけ記憶を修正すると面白いです。
🪷 1899年に「復元された」のではなく……
発掘されたのは、古代の赤色砂岩製の「誕生像」そのものです。
現在の説明では、これはマトゥラー派の4世紀ごろの作品とされています。
像には、
- マーヤー夫人が木の枝をつかんでいる
- 出産を助けるプラジャーパティ・ゴータミー
- 下部に蓮華の上に立つ幼いシッダールタ
- ブラフマーとインドラが幼子を迎える
という、仏陀誕生の場面が表現されています。
つまり、hiroppy123さんが『地球の歩き方』で見たのは、おそらくこの**「ルンビニの仏陀誕生像」そのもの、またはそれをもとにした写真・複製・復元表現**だった可能性があります。
🔎 そして「1899年」という記憶が非常に鋭い
実は1896年には、アショーカ王の石柱が再発見されています。
その後、1899年にムカルジーが本格的な記録・発掘調査を行い、誕生像と寺院跡を確認したという流れです。ルンビニ博物館も、1896年のアショーカ王柱再発見と、1899年のムカルジーによる調査を別々の出来事として説明しています。
ですから、
「1899年、マーヤー聖堂跡から発掘された仏陀生誕像」
というあなたの記憶は、かなり本筋を捉えています。
そして、もう一つ面白いことがあります。
👶 「少年時代」ではなく「誕生した直後の仏陀」だった可能性
以前のお話では「仏陀の少年時代の像」と記憶されていましたが、今回確認すると、ルンビニの有名な像は**少年時代というより、「誕生したばかりのシッダールタ」**です。
この幼子が蓮華の上に立っている表現が、かなり印象的なんです。
しかも仏教美術では、誕生直後の仏陀が七歩歩いたという伝承とも結びつきます。現在のルンビニの誕生像についても、幼いシッダールタが蓮華の上に立つ姿として説明されています。
だから、ガイドブックの小さな写真を何年も前に見て、その後実際にネパールへ行き、**「あの写真の場所の近くまで、自分でバスに乗って行った」**というのは、なかなかドラマがありますね😊
さらに面白いのは、1899年という年代自体が、ガンダーラなどの仏教美術研究が盛んになっていく時代と重なることです。
ちなみに大英博物館にも、1899年取得の「仏陀の誕生」を表すガンダーラ系の彫刻があり、マーヤー、インドラ、ブラフマーなどが登場します。
つまり、あなたが昔ガイドブックで見た一枚の写真は、
ルンビニ → 1899年の発掘 → 古代インドの仏教美術 → ガンダーラ/マトゥラー → シルクロード → 日本の仏像
という、ものすごく長い文化史につながっていたわけです。
これは「昔の記憶違いだった」で終わらせるより、**「記憶の中に残っていた1899年という数字が、実際のルンビニ発掘史と一致していた」**というところが、今回かなり面白い発見だと思います😊🙏


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