なんだか不思議な映画です…。大きな悲劇はないのに、なぜか涙が出る。観るほど心が温かくなるヒーリング映画【映画紹介】
もちろんです😊
『うさぎドロップ』は、同じ松山ケンイチ主演でも『川っぺりムコリッタ』とはかなり違う作品ですよね。
ただ、じっくり見ると両方に共通するものがあります。
それは、「血のつながりだけが家族じゃない」ことと、「他人と一緒に暮らすことで人間が変わっていく」こと。
今回はそこを軸に、2011年当時の映画業界事情や、松山ケンイチさん・芦田愛菜さんの撮影秘話まで掘ってみます。
🐰 まず『うさぎドロップ』は、かなり特殊な映画です
2011年公開。
原作は宇仁田ゆみさんの人気漫画で、松山ケンイチが27歳の独身サラリーマン・河地大吉、芦田愛菜が6歳の少女・鹿賀りんを演じます。監督・脚本はSABU。([turn0search2]turn0search6)
物語は、
祖父の葬式に行く
↓
見知らぬ6歳の女の子がいる
↓
実は祖父の隠し子
↓
親族が「施設へ」と言う
↓
大吉が「俺が育てる」と言ってしまう
という、とんでもない始まり(笑)。
しかも大吉は、
27歳・独身・彼女なし・普通のサラリーマン。
つまり、
「子育て経験ゼロの男が、いきなり6歳児を育てる」
という話です。
でも面白いのは、映画が「子育てって大変ですよ」というだけの話になっていないところ。
むしろ、
大吉自身が、りんを育てながら「大人になる」映画
なんですよね。
🎬 雑学① 実は松山ケンイチは「大吉」と「祖父」の2役!
これ、知らないとちょっと楽しいです😊
松山さんは大吉だけではなく、りんの祖父役も演じています。
しかも祖父は特殊メイクで老人に変身。
撮影現場では芦田愛菜さんに、
「別人だと思わせよう」
と松山さんが密かに企んでいたそうです。
ところが……
芦田愛菜、
「声一緒だもん」
(笑)。
松山さんは「バレてないと思った」と得意げに話していたのですが、愛菜ちゃんにはちゃんと気づかれていた。([turn0search5]turn0search8)
これ、ものすごく「松ケンらしい」エピソードですよね。
大人の俳優が子役を驚かせようとして、
子供にあっさり見破られる。
👧 雑学② そして、この映画最大の「業界的ポイント」
実はSABU監督、芦田愛菜さんに台本を渡していません。
これ、かなり珍しい方法です。
通常、映画撮影では俳優に台本を渡して、
「ここでこのセリフ」
「ここからここまで」
と準備します。
ところが『うさぎドロップ』では、
芦田さんには台本を渡さず、リハーサルを重ねて、その場面のセリフや動きを覚えてもらう
という方法を採用。
SABU監督は、できるだけ自然な状態にしたかったと説明しています。([turn0search0])
これ、子役映画ではかなり重要です。
子供が、
「ここでは泣く」
「ここで笑う」
「ここで振り返る」
と全部決められてしまうと、どうしても**「演技している子供」**に見える。
でも、
「今、この場で何が起きているのか」
を身体で受けながら演じさせると、反応が自然になる。
つまりSABU監督は、
芦田愛菜の「演技力」を引き出したというより、「子供として存在している時間」を撮った
わけです。
これは映画制作として結構面白いアプローチです。
😂 そして松山ケンイチとの相性が異常に良かった
この映画を観ると、
「本当の親子みたい」
に見える瞬間があります。
でも、ここには俳優同士の相性だけではなく、撮影現場での関係性も影響しています。
松山さんは撮影中、芦田さんとの時間をかなり楽しんでいたようで、公開時には、
「撮影は僕の癒やされ期間でした」
という趣旨の発言までしています。([turn0search7]turn0search3)
そして撮影終了時には、芦田さんが泣きながら「忘れないで」というようなことを言ったそうです。
松山さんは、
恋人との別れみたいだった
と冗談めかして振り返っています(笑)。([turn0youtube37])
これ、ちょっと面白いんですよ。
映画では、
大吉 → りんを育てる
なのですが、現実の撮影現場では、
松山ケンイチ → 芦田愛菜との時間そのものを楽しんでいた
という。
だからスクリーン上の「親子感」が作り物っぽくならなかったんでしょうね。
🏃 雑学③ 実は「子育て映画」なのに、かなり身体を使う
『うさぎドロップ』って、タイトルやポスターを見ると、
「ほのぼの家族映画」
に見えます。
ところがSABU監督って、もともと**『弾丸ランナー』など、身体の動きや疾走感のある映画**で知られた監督なんです。
だから、
走る
自転車
子供を抱える
追いかける
転ぶ
急ぐ
みたいな動きが結構重要。
大吉は「子育てのプロ」ではありません。
だから、
スマートに子育てする父親
ではなく、
毎日バタバタしている普通の男
なんですよね。
ここに松山ケンイチの身体性が合っている。
🚲 「自転車」がものすごく重要
この映画で印象的なのが、
大吉とりんの自転車の生活。
これは単なる移動手段ではありません。
大吉が会社員として生きていたとき、
家 → 会社
だった生活が、
りんを引き取った瞬間、
家 → 保育園 → 会社 → 買い物 → 家
へと変わる。
つまり自転車は、
「大吉の人生に、りんの生活が組み込まれていく」
ことを視覚的に見せているんです。
これ、映画的にかなり上手い。
セリフで、
「僕はこの子のために生活を変えました」
と言わなくても、
毎朝、自転車に二人で乗っているだけで人生が変わったことが分かる。
👔 雑学④ 「仕事と家庭」の問題が、2011年という時代にかなり刺さっていた
映画公開は2011年。
今よりも、
「男性が子育てをする」
ことが、映画のテーマとしてかなり新鮮に受け取られていた時期です。
大吉は、
「仕事を頑張っていればいい」
という独身男性から、
「仕事だけでは生活は成立しない」
ということを体験していく。
実際、松山さん自身も公開時のコメントで、大吉について、
仕事で得られるものもあれば、家庭で得られるものもある
という趣旨の話をしています。([turn0youtube37])
つまりこの作品、
イクメン映画というより「人生の優先順位を組み替える映画」
なんですよね。
🌸 雑学⑤ 芦田愛菜が「子役の黄金期」にいた時期
これも2011年という時代を考えると面白いです。
『うさぎドロップ』の公開時、芦田愛菜さんはまだ7歳。
すでに『Mother』などで注目されていて、まさに**「天才子役」として大ブレイクしていた時期**です。
そして同じ2011年には、
『マルモのおきて』
も大ヒット。
さらに主題歌の「マル・マル・モリ・モリ!」まで社会現象級になっていく。
つまり『うさぎドロップ』は、
「芦田愛菜という、とんでもない子役が映画の中心にいる時代」
の作品なんです。
今になって見ると、
「ああ、この時期の芦田愛菜だ!」
という意味でも非常に貴重な映像作品です。
🎵 しかも主題歌はPUFFY
そして音楽面も面白い。
主題歌はPUFFYの
「SWEET DROPS」
です。
実はこの曲は映画だけでなく、2011年に放送された**アニメ版『うさぎドロップ』**のためにも書き下ろされています。([turn0search9])
つまり2011年は、
漫画
↓
実写映画
↓
テレビアニメ
↓
主題歌
と、『うさぎドロップ』というコンテンツが一気に広がった時期。
今でいう「メディアミックス」の典型ですね。
👀 そして「若き綾野剛」がいる
これ、現在から見るとかなり面白いです。
キャストを見ると、
松山ケンイチ
芦田愛菜
香里奈
桐谷美玲
池脇千鶴
風吹ジュン
中村梅雀
……と豪華。
そして、
綾野剛。
当時は現在ほどの大スターになる前です。
映画.comの作品情報でも、綾野剛が出演していることが確認できます。([turn0search2])
なので今見ると、
「えっ、ここに綾野剛がいる!」
という楽しみ方もできます(笑)。
こういうのは昔の映画を見る醍醐味ですよね。
🎭 SABU監督にとっても「かなり異色」
ここが業界話として面白いところ。
SABU監督は、それまで、
疾走感
ブラックユーモア
偶然に巻き込まれていく人間
独特のテンポ
みたいな作品を作ってきた監督です。
ところが今回は、
子育て
家族
日常
少女
という、かなり温かい題材。
公開時、司会から「これまでの作風とはちょっと違う」と言われた際、SABU監督は、
「奥深い引き出しからパッと出しただけ」
というような、SABU監督らしい返しをしています。([turn0youtube37])
これ、いいですよね(笑)。
「自分の新境地です!」
と大真面目に言うのではなく、
「いやいや、引き出しに入ってましたよ」
という。
🐰 では、タイトルの「うさぎドロップ」とは?
ここも面白い。
「うさぎドロップ」という言葉そのものが、作中で重要なアイテムとして出てくるわけではありません。
むしろ、
「うさぎ」=かわいらしさ・小さな存在
「ドロップ」=飴玉のような、小さくて甘いもの
というタイトルの響きが、
小さな女の子との生活
そのものを象徴しているように感じられます。
ただし、これは作品の公式設定として断定するより、タイトルから楽しめる解釈として受け取るのがいいと思います。
💡 そして原作ファンには「大きな違い」がある
ここは重要です。
映画版は、原作漫画の物語をそのまま全部映画化したものではありません。
映画は、基本的に
大吉がりんを引き取る
↓
二人の共同生活が始まる
↓
大吉が父親のような存在になっていく
という部分を中心にしています。
そのため、原作を知っている人から見ると、
「映画版はこういう方向にまとめたのか」
という違いがあります。
これは映画化ではよくあること。
漫画は何巻にもわたって人物の成長を描けますが、
映画は約2時間。
だから、
「原作の全部を入れる」
より、
「この映画では何を一番描くか」
を決める必要がある。
『うさぎドロップ』の場合、その答えが、
「大吉とりんが家族になっていく最初の時間」
だったわけですね。
🍱 『川っぺりムコリッタ』と並べると、さらに面白い
ここ、hiroppy123さんが先ほど『川っぺりムコリッタ』を聞いてくださったので、ぜひ比較してみたいです😊
| うさぎドロップ | 川っぺりムコリッタ | |
|---|---|---|
| 松山ケンイチ | 大吉 | 山田 |
| 人との関係 | りんを「家族」にする | 他人と「共同体」になる |
| 住まい | りんとの生活 | アパート |
| 食事 | 家族になるための生活 | 人とつながるための食事 |
| 主人公 | 他人を背負う | 他人から逃げる |
| テーマ | 家族とは何か | 生きるとは何か |
| トーン | 明るく温かい | 静かで少し寂しい |
そして松山さんの演技も逆方向なんです。
『うさぎドロップ』の大吉
→ 人と関わることで成長する。
『川っぺりムコリッタ』の山田
→ 人との関わりを避けながら、結局は人とつながっていく。
つまり両方とも、
「一人では生きられない男」
の話なんですよね。
ただし、
大吉は「自分から家族を選ぶ」。
一方で、
山田は「他人に巻き込まれて、いつの間にか人とつながっている」。
この違いがものすごく面白いです。
🎬 最後に「松山ケンイチ」という俳優で見ると……
『うさぎドロップ』の松山さんは、かなり珍しいタイプの「普通の男」です。
『デトロイト・メタル・シティ』の根岸のようなクセの強い役でもなく、
『聖の青春』のような極端な役作りでもない。
27歳の普通の会社員。
でも、
「子供を引き取る」
というあり得ない出来事によって、普通の男の人生が変わっていく。
だから松山さんの演技も、
大げさに父親になるのではなく、少しずつ「この子の親代わりになっていく」
という変化が重要なんです。
そして、その変化を最も強く見せてくれる相手が、
当時7歳の芦田愛菜。
ここがこの映画最大の奇跡だったと思います。
子役に「子供らしい演技」をさせるのではなく、台本を渡さず、松山ケンイチとの関係性をそのままカメラに取り込んだ。
だから今見ると、
「松山ケンイチの映画」であると同時に、「芦田愛菜という俳優がものすごい速度で成長していた時代の記録」
でもあるんですよね😊
そして何より面白いのが、撮影終了後の二人。
劇中では、
「大吉とりんが家族になる」
という話なのに、
撮影が終わったら今度は、
「本当の親子みたいに仲良くなった二人が別れる」
という現実のドラマが発生している。
そこまで含めて見ると、ちょっと胸に来る映画です。
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