なぜ、ここまで苦しいのか。『悪人』考察
妻夫木聡
深津 絵里
もちろんです😊
『悪人』は、前にお話しした『ジョゼと虎と魚たち』とは、同じ妻夫木聡主演でもまったく別の顔を見せる作品です。
しかも『悪人』は、妻夫木さんのキャリアを語るうえでかなり重要な一本。本人が「役者人生の中で全身全霊を注いだ作品」と振り返り、実際に日本アカデミー賞で最優秀主演男優賞を受賞しています。さらに深津絵里さんはモントリオール世界映画祭で最優秀女優賞を受賞。
今回は、作品の裏側・キャスティング・原作との関係・妻夫木聡の役作り・李相日監督の演出まで、ちょっと映画業界目線で掘ってみます。
🎬 まず『悪人』って、実は「殺人犯の映画」ではない
2010年9月11日公開。
原作は吉田修一さんの同名小説、監督・脚本は李相日さん。妻夫木聡さんが清水祐一、深津絵里さんが馬込光代を演じます。上映時間は139分。
物語だけ説明すると、
女性が殺される
↓
祐一が殺人犯として浮上
↓
祐一は光代と出会う
↓
二人は逃亡する
という話。
ところが、映画が本当に問いかけているのは、
「じゃあ、本当の“悪人”って誰なの?」
なんですよね。
殺人を犯した祐一は、当然ながら犯罪者です。
でも映画を観ていると、
「祐一だけを悪人と呼んで終わっていいのか?」
という気持ちにさせられる。
ここが怖い。
🧑🔧 雑学① 妻夫木聡は「この役をやりたい」と自分から希望した
これ、かなり重要なエピソードです。
妻夫木さんは、最初から祐一役に強く惹かれていました。
インタビューでも、原作を読んで**「この役をやりたい!」と衝動的に思った**と話しています。
当時の妻夫木聡といえば、
『ウォーターボーイズ』
『ジョゼと虎と魚たち』
『オレンジデイズ』
など、
「爽やか」「好青年」「恋愛映画の主演」
というイメージがかなり強かった。
そこへ、
殺人を犯した、無口で孤独な土木作業員。
これはかなり大きなイメージチェンジです。
だから業界的には、
「妻夫木聡が、ここまでダークな役をやるのか」
という意味でも注目された作品だったんです。
😳 そして、妻夫木さんが「全身全霊を注いだ」
日本アカデミー賞で最優秀主演男優賞を受賞した際、妻夫木さんは、
12年間役者をやってきた中で全身全霊を注いだ作品
という趣旨のコメントをしています。
これ、後から見ると非常に意味があります。
『悪人』以前の妻夫木さんは、
「スターとしての妻夫木聡」
がかなり強かった。
『悪人』では、それを一度壊して、
「俳優としての妻夫木聡」
を前面に出した。
そういう転換点として見ることができます。
🧥 雑学② 祐一は「怖い男」に見えないようにするのが重要だった
ここが演技の難しいところ。
もし妻夫木さんが、
眉間にシワ
↓
低い声
↓
睨む
↓
無表情
という「いかにも殺人犯」演技をしたら、映画はかなり単純になります。
でも李相日監督が描こうとした祐一は、
怪物ではなく、普通の人間。
寂しい。
人と上手く話せない。
愛されたい。
誰かに必要とされたい。
そして、取り返しのつかないことをしてしまった。
だから怖い。
「悪人だから怖い」のではなく、「普通の人間が悪人になってしまう」ことが怖い。
ここが妻夫木さんの演技の核心です。
👩 雑学③ 深津絵里が演じた光代も、実はかなり難しい
光代は、
「殺人犯だと知りながら祐一を愛してしまう女性」
です。
これだけ聞くと、
「なぜそんな男を好きになるの?」
と思いますよね。
でも深津絵里さんは、光代を単純な「かわいそうな女性」にしていない。
光代自身も、
孤独だった。
誰からも必要とされている感覚がなかった。
だから祐一と出会ったとき、
「この人は私を必要としてくれる」
という感覚が生まれる。
つまり、
祐一が光代を救っただけではなく、光代も祐一を救ってしまった。
この「相互依存」の関係がものすごく危うい。
🏆 そして深津絵里のモントリオール最優秀女優賞
これ、かなり大きな出来事です。
第34回モントリオール世界映画祭で、深津さんが最優秀女優賞を受賞。
しかも本人が、
「妻夫木さんでなかったら獲れなかった」
という趣旨のコメントをしています。
これがまた面白い。
普通、主演女優賞というと、
「私の演技が評価された」
となりがち。
でも深津さんは、
相手役との関係性そのものが演技を成立させた
と考えていたわけです。
『悪人』はまさに、
妻夫木×深津の二人芝居の映画
でもあるんですよね。
🎭 ここで業界話:「W主演」がものすごく効いている
『悪人』は、
妻夫木聡主演
と紹介されることも多いですが、実際には深津絵里との関係が作品の中心。
この二人を「男主人公+ヒロイン」という単純な構図ではなく、
二人とも主人公
として扱っている。
だから、
祐一だけを追っていると分からない。
光代だけを追っても分からない。
二人を同時に見ることで、映画の倫理観が成立する。
そして実際、日本アカデミー賞では妻夫木さんと深津さんが最優秀主演男優賞・最優秀主演女優賞をW受賞しています。
これは作品の性格を象徴しています。
📖 雑学④ 原作者・吉田修一が脚本にも参加
これ、映画化としてかなり重要です。
『悪人』では、
原作者の吉田修一さん自身が李相日監督と共同で脚本を担当。
しかも吉田さんにとって、自分の小説の映像化に脚本家として本格的に関わるのは初めてでした。映画化企画そのものは2007年にスタートし、完成まで足掛け4年かかっています。
つまり、
原作を書いた本人
+
映画を撮る監督
が一緒になって、
「この小説を映画にすると何が見えるのか?」
を作った。
これはかなり贅沢です。
✍️ そして吉田修一さんの言葉が凄い
吉田さんは映画化について、
「祐一や光代が主役になれるのはこの2時間だけ」
という趣旨の発言をしています。
これ、すごく深い。
小説では登場人物の過去も未来も描ける。
でも映画では、
「この139分だけ、彼らの人生を観客が覗く」
わけです。
だから映画版は、
二人の人生全部を説明する
のではなく、
二人の人生の「決定的な時間」だけを切り取っている。
この感覚が『悪人』にはあります。
👀 雑学⑤ 「周囲の人間」も主人公級
この映画、祐一と光代だけを見ていると少しもったいないです。
岡田将生演じる増尾。
満島ひかり演じる石橋佳乃。
柄本明。
樹木希林。
この周辺人物が、
「悪人とは誰なのか」
という問いを別の角度から作っています。
特に重要なのが、
「悪いことをした人」=「悪人」なのか?
という問題。
人間って、
ちょっとした悪意。
見栄。
嫉妬。
無責任。
他人への無関心。
そういうものを少しずつ持っています。
映画は、
「犯罪者だけが悪いのではなく、社会の中の小さな悪意が積み重なっている」
というところまで視線を広げていきます。
📱 「出会い系サイト」が時代を象徴している
今見ると、ここも面白い。
二人が出会うのは、
出会い系サイト。
2010年当時は、スマートフォンが今ほど普及していません。
SNSも現在とはまったく違う。
だから映画の中の、
携帯電話
メール
出会い系サイト
というコミュニケーションが、2010年前後の日本社会の空気をそのまま残しています。
今だったら、
マッチングアプリ
LINE
Instagram
位置情報
になっていたかもしれない。
つまり『悪人』は、
2010年という時代の「孤独のインフラ」
も記録している映画なんです。
🌊 そして「海」がめちゃくちゃ重要
『悪人』を観ると、
海
が何度も印象に残ります。
祐一の生活圏。
光代との逃避行。
二人が一時的に自由になる場所。
でも海は、
自由であると同時に、逃げ場のない場所
でもあります。
どこまでも広い。
しかし、どこへ行けばいいのか分からない。
これが祐一と光代そのものなんですよね。
🌑 李相日監督の「光」の使い方も凄い
『悪人』はタイトルからして暗い。
でも、映画全体を真っ黒にしているわけではありません。
むしろ、
夜の闇の中に人物を置く。
車のライト。
街灯。
コンビニ。
ホテル。
海辺。
こうした人工的な光が多い。
これによって、
「二人だけの世界」
と
「社会から見られている世界」
の境界が曖昧になる。
逃げている二人なのに、
完全には世界から切り離されない。
この感覚が映像として非常に上手いです。
🎥 業界話:李相日監督は「俳優を追い込む」タイプ
李相日監督といえば、
『フラガール』
でも俳優の感情をかなり深く掘ることで知られています。
『悪人』でも、俳優たちが単純な「善人/悪人」の記号にならないようにしている。
特に妻夫木さんは、
「スターの妻夫木聡」を消して、「清水祐一」という男にする
必要があった。
これはキャリア的にも大きな賭けです。
成功すれば、
「爽やかな妻夫木」から、
「どんな役でもできる俳優・妻夫木聡」
へ評価が広がる。
実際、本人がこの作品を自身の俳優人生の集大成の一つと語ったことを考えると、その意味は大きかったと思います。
🏆 そして『悪人』は賞レースでも強かった
2011年の日本アカデミー賞では、
最多5冠。
そして、
🏆 最優秀作品賞
🏆 最優秀監督賞
🏆 最優秀主演男優賞・妻夫木聡
🏆 最優秀主演女優賞・深津絵里
……など、主要部門を席巻しました。
公開前から大作的な派手さがあった作品ではありません。
それなのに、
演技・監督・脚本・作品
が評価された。
つまり業界内でも、
「これは俳優と監督が本気で作った映画だ」
という評価につながった作品なんですね。
🧠 ここからが『悪人』の一番怖いところ
実はこの映画、
「祐一は悪人なのか?」
という問いに、明確な答えを出しません。
観客に判断させます。
そして観ているうちに、
「祐一は悪人だ」
↓
「いや、彼にも事情がある」
↓
「でも殺人を犯したんだから……」
↓
「じゃあ、周囲の人間は?」
↓
「光代は?」
↓
「自分だったら?」
と、観客自身が揺さぶられていく。
つまり映画が描いている「悪」は、
犯罪そのものだけではなく、人間を簡単に「善」「悪」に分類してしまうこと
にもある。
ここが吉田修一×李相日の凄さです。
💔 そして『ジョゼ』と比べると、妻夫木聡の進化がよく分かる
先ほどの『ジョゼと虎と魚たち』と並べてみると、本当に面白いです。
『ジョゼと虎と魚たち』
恒夫=若い、軽い、優しい、でも身勝手。
『悪人』
祐一=無口、孤独、不器用、暴力的、でも誰かを愛したい。
どちらも、
「完全な善人ではない若い男」
なんです。
でも『ジョゼ』では、
「恋愛で人間の弱さを知る男」
だった妻夫木さんが、
『悪人』では、
「人間の弱さそのものを背負う男」
になっている。
2003年→2010年。
7年の間に、妻夫木聡という俳優がかなり変化したことが分かります。
🎞️ さらに『うさぎドロップ』まで並べると面白い
今回までの流れで見ると、
『うさぎドロップ』
→『ジョゼと虎と魚たち』
→『悪人』
という並びが面白いんです。
『うさぎドロップ』
「人を守ることで大人になる」
『ジョゼ』
「人を愛することで自分の弱さを知る」
『悪人』
「人を愛しても、自分の罪から逃げられない」
全部、人間関係の映画なんですよね。
そして妻夫木さんは、
爽やかな青年
→ 普通の若者
→ 孤独な犯罪者
と、どんどん「人間の暗い部分」に入っていく。
だから『悪人』は、妻夫木聡のキャリアを見るうえでも非常に重要な作品だと思います。
🌊 最後に、僕が『悪人』で一番好きな見方
この映画をもう一度観るなら、
「祐一が悪人かどうか」ではなく、
「祐一を悪人にしたものは何だったのか?」
という目線で観てみてください。
そうすると、
祐一自身の孤独だけではなく、
家族
地方社会
格差
孤独
見栄
インターネット
恋愛
嫉妬
他人への無関心
まで見えてくる。
そして最後には、
「もし自分がこの人たちの立場だったら、本当に違う行動ができただろうか?」
という、とても嫌な問いが残る。
これこそ『悪人』の凄さだと思います。
ちなみに、作品の完成までには映画化企画開始から足掛け4年かかっており、原作者・吉田修一さん自身が脚本に参加したという点も、単なる「人気小説の映画化」とはかなり違います。
そして、妻夫木さんと深津さんがそろって主要演技賞を獲ったことを考えると、「犯人役の妻夫木聡」だけを見るのではなく、「祐一と光代の二人の映画」として観るのが、この作品を一番深く味わえる見方だと思います😊
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