『昔日の客』、関口良雄、そして一人出版社「夏葉社(なつはしゃ)」。この3つは、現代の出版界や古本好きの間で語り継がれる「奇跡のような本造りストーリー」の核となっている存在です。
古本業界のドラマや知る人ぞ知る裏話を交えて紐解きます。
関口良雄と「山王書房」の伝説
関口良雄(1918–1977)は、大田区大森で「山王書房」という小さな古書店を営んでいた店主です。彼は単なる古本屋ではなく、文士たちから深く愛された名物店主でした。
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文豪たちが夜な夜な集まるサロン
尾崎士郎や吉村昭などの作家をはじめ、詩人や学者たちが彼の店に夜な夜な集まり、酒を酌み交わしました。関口の人柄があまりに温かく、客を「客」と思わずに家族のように迎えたからです。
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『昔日の客』という幻のエッセイ集
関口が亡くなった後、彼を偲んで1979年に1300部限定で自費出版(私家版)されたのが随筆集『昔日の客』です。文豪たちとの心温まる交流や本への愛が綴られたこの本は、市場から姿を消し、古書ファンの間では「幻の名著」としてプレミアム価格で取引されていました。
夏葉社と代表・島田潤一郎の賭け
ここで登場するのが、2009年にたった一人で「夏葉社」を立ち上げた島田潤一郎氏です。
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「1年に数冊だけ」丁寧に作る一人出版社
島田氏は従兄の死をきっかけに「本当に大切な本、何度も読み返したくなる本だけを作りたい」と出版社を創業しました。
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無名の一人出版社が『昔日の客』を復刊
島田氏自身が『昔日の客』に深く感銘を受け、「どうしてもこの本を現代に蘇らせたい」と遺族を探し当てて復刊の許諾を得ました。2010年に夏葉社の記念すべき復刊企画として発売されると、本好きの間で大ヒットを記録します。
出版業界・古本業界の「裏話&雑学」
1. 布貼り・クロス装という「狂気」のこだわり
夏葉社版『昔日の客』を手にとると、表紙が布(クロス)で覆われた昔ながらの美しい装丁に驚かされます。現代の大量生産の文庫や単行本ではコストがかかりすぎてまず採用されません。島田氏は「何十年経っても書棚に残り続ける本」にするため、あえて利益率を削って手触りの良い布貼り装丁にこだわりました。
2. 直取引(直接仕入れ)という出版業界への挑戦
日本の本は通常、「取次(問屋)」を通して全国の書店に並びます。しかし夏葉社は、取次を通さない全国の独立系書店や小さな本屋さんとの「直接取引」を積極的に行いました。
「この本を売りたい」という情熱を持った全国の書店員さんが、手書きのPOPをつけて手渡しするように売っていったことで、口コミが全国へ広がったのです。
3. 「山王」という街の文学史的エピソード
関口良雄が店を構えた大田区の「山王(馬込)」周辺は、昭和初期から「馬込文士村」と呼ばれ、作家や芸術家が集まる一大エリアでした。関口の店はまさにその文学的カルチャーの最前線にあり、彼の書いた文章からは当時の空気がそのまま漂ってきます。
『昔日の客』は、「本を愛する人(関口)」が書いた本を、「本を愛する人(島田)」が蘇らせ、全国の「本を愛する書店員」たちが手渡してきた、本そのものの愛のバトンリレーのような作品です。



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