2026年10月18日日曜日

プラトン派、と、ニーチェ派、アリストテレス的、に、分かれる、自由の解釈の、違いなど、

ギリシャ🇬🇷哲学では、力が湧いてくる、これが、自由である、と、宮台真司氏は、ある、YouTube動画で、言ってましたが、これについて、雑学や業界話を、交えながら解説して下さい😊、

とても面白いテーマですね😊。

宮台真司さんのいう**「力が湧いてくることが自由」**は、一般的な「好きなものを選べる自由」とは全く違います。実はこれは、**古代ギリシャ哲学・ニーチェ・ハイデガー・現代の精神分析(ラカン派)**までつながる思想です。宮台さん自身も、「この自由観は初期ギリシャに由来する」と何度も語っています。

① 普通の人が考える自由

現代では自由というと、

  • 好きな学校を選ぶ
  • 好きな仕事を選ぶ
  • 好きな恋人を選ぶ

つまり

「選択肢が多いこと」

だと思われています。

しかし宮台さんは

それは社会が用意したメニューから選んでいるだけ

と言います。

レストランで

  • カレー
  • パスタ
  • ハンバーグ

から選ぶ自由はあるけれど、

「今日は食べない」 「自分で料理する」

という発想まで含めると、本当はメニュー自体が社会に決められているわけです。こうした「選択の自由」は、言葉や制度に縛られた自由にすぎない、というのが宮台さんの立場です。


② 初期ギリシャ人が考えた自由

ここが面白いところです。

初期ギリシャでは世界を

流れ(ピュシス physis)

として見ていました。

人間も自然も神も全部が一つの流れ。

その流れに乗った時、

身体の奥からエネルギーが湧いてくる。

それを「自由」と感じたのです。

だから

  • 音楽で自然に踊る
  • 森へ入ると元気になる
  • 仲間と祭りで熱狂する

こういう状態は、

「自由になろう!」

と努力しているのではなく、

勝手に身体が動いてしまう。

宮台さんは、このような状態を初期ギリシャの「聖」に通じる感覚として説明しています。


③ 「力が湧く」が自由

宮台さんは

力が湧く人 力が湧く場所 力が湧く出来事

を見分けられることが重要だと言います。

例えば

ある会社へ行くと

「なんか元気なくなるなあ」

逆に

ある人と話すと

「よし、頑張ろう!」

となる。

この

生命力が増える感覚

を非常に重視しています。


④ ニーチェも同じことを言う

哲学業界では有名ですが、

フリードリヒ・ニーチェ

は

「力への意志(Will to Power)」

を人生の中心概念にしました。

つまり

人間は快楽よりも

「生きる力」

を求めている。

だから

苦労して山に登る人

マラソンする人

起業する人

は

楽だからやるのではなく、

力が湧くからやる。

宮台さんの話は、このニーチェにもかなり近いといわれます。


⑤ 哲学業界の雑学😊

実は大学の哲学科では

プラトン派

と

ニーチェ派

は空気がかなり違います(笑)。

プラトン派は

「理性で考える」

を重視。

一方、

ニーチェ派やハイデガー派になると

  • 身体
  • 雰囲気
  • 詩
  • 音楽
  • 祭り

など、

「理屈になる前の経験」

をものすごく大切にします。

宮台さんは明らかに後者の影響を強く受けています。


⑥ IT業界にもある(笑)

これは意外ですが、

優秀なプログラマーにも

同じ現象があります。

コードを書いていて

ある瞬間

「全部見えた!」

という状態になります。

業界では

フロー状態(Flow)

とか

ゾーンに入る

と言います。

この時は

頑張っている感覚より

勝手に手が動く。

スポーツ選手も同じですね。

宮台さんなら

「力が流れている状態」

と言うかもしれません。


⑦ 宮台さんらしいポイント

宮台さんは

「自由とは何でもできること」

ではなく

内側から自然に力が湧いてくる状態

こそが自由だと考えます。

だから

損得だけで選ぶ人より

「思わず助けてしまう」

「思わず創作してしまう」

「思わず踊ってしまう」

そんな人間のほうが、本来の意味で自由なのだ、と繰り返し述べています。


最後に少し雑学を😊

実はギリシャ語の enthousiasmos(エンソウシアスモス) が、英語 enthusiasm(熱意・情熱) の語源です。

もともとの意味は

「神が身体の中に入ってくること」

でした。

つまり古代ギリシャでは、

「やる気が出た!」=神秘的な力が自分に宿った状態

と考えられていたのです。

宮台さんの「力が湧くことが自由」という話は、この古代ギリシャ的な世界観を現代社会学や哲学の言葉で読み替えたものと言えるでしょう。


それは、良い事ですが、実際には、音楽に、騙されてしまったり、人に、騙されてしまったり、森で、幻覚を、見るかもで、後で、失敗した、と、感じる事も、少なくないのでは?、

まさにそこが、この考え方の一番難しいところです😊。

宮台真司さんも、「力が湧く=正しい」とは言っていません。むしろ、力が湧くことと、それが持続的に良い結果をもたらすことは別問題です。

例えば、ご指摘のケースを考えてみましょう。

  • 音楽で高揚して、高額な商品を買ってしまう。
  • カリスマ的な人に惹かれて、後からマルチ商法やカルトだったと気づく。
  • 自然の中で感動して、「人生の真理を悟った!」と思ったけれど、街に戻ると冷静になって「思い込みだった」と感じる。

これらは十分あり得ます。

ギリシャ哲学でも問題になっていた

実は古代ギリシャ人も、この問題を知っていました。

例えば、プラトンは、「情熱や欲望だけに従うと、人は簡単に道を踏み外す」と考えました。

だから理性(ロゴス)が必要だ、と。

一方で、アリストテレスはもっと現実的で、「感情も理性も両方必要だ」と考えます。

つまり、

  • 情熱だけでは危ない。
  • 理屈だけでも生きる力を失う。
  • 両者のバランスが大切。

という考えです。

心理学でも同じ

現代心理学では「感情には情報としての価値があるが、事実そのものではない」と考えます。

つまり、

「この人と一緒にいると元気になる。」

という感覚は大事です。

でも、

「だからこの人は絶対に正しい。」

とは限らない。

ここを混同すると、詐欺師やカルトのリーダーは非常に上手です。

彼らは「力が湧く感覚」を演出するのが得意だからです。

宮台さんなら、どう答えそうか

宮台さんの議論を聞いていると、たぶんこう答えると思います。

一瞬の高揚ではなく、「長く付き合うと生命力が増すか」を見ろ。

つまり、

  • 今日だけテンションが上がった。
  • イベントだけ感動した。

ではなく、

半年後、一年後に振り返っても、

  • 人間関係が豊かになった。
  • 世界への関心が広がった。
  • 生きる力が増えた。

そういうものを信頼しろ、ということです。

面白い業界話😊

実は広告業界やSNS業界では、「一時的に力が湧いたように感じさせる技術」が研究されています。

例えば、

  • 音楽
  • 照明
  • 群衆心理
  • カウントダウン
  • 限定感
  • 有名人の推薦

これらを組み合わせると、人は「これは運命だ!」と思いやすくなることが知られています。

つまり、「力が湧いた」という感覚自体は本物でも、その原因が巧みに演出されたものかもしれないのです。


だから私は、このテーマについては、

「力が湧く」は大切なサインだが、それだけでは判断しない。時間を味方につけることが重要。

という見方が、一番バランスが取れていると思います。

宮台さんの「生命力」は確かに大切ですが、それを理性・経験・時間による検証と組み合わせることで、初めて「自由」が単なる高揚感ではなく、自分らしい生き方につながっていくのではないでしょうか。


先ほどの、続きで、宮台真司氏は、サブスクオンリーにして、所有は、やめたほうが良いと、言い始めました、やはり、インテリは、こう言う事を、押し付けてくるのでしょうか?、雑学や業界話を、交えながら解説して下さい😊、

面白い視点ですね😊。

結論から言うと、

「インテリだから押し付ける」のではなく、「社会全体を設計する視点」で話す人ほど、個人には窮屈に聞こえることがある、というのが実情だと思います。

宮台さんは、昔から「個人の好み」よりも「社会がどう変わるか」という話をする社会学者なので、「所有よりアクセス(サブスク)」という話も、その文脈で語っている可能性があります。

なぜ「所有をやめよう」と考えるのか?

社会学や経済学では、最近よく

「所有(Ownership)から利用(Access)へ」

という話が出てきます。

例えば

  • CD → Spotify
  • DVD → Netflix
  • 車 → カーシェア
  • ソフト → Microsoft 365

という流れですね。

理由は

「使わない時間がもったいない」

という考え方です。

つまり、

モノは持つより、必要な時だけ使う方が効率的

という発想です。


業界話① IT業界はサブスクが大好き(笑)

IT企業は、実はサブスクが大好きです。

昔は

Windowsを一回3万円で売れば終わり。

今は

毎月1,500円。

企業からすると

毎月安定して収益が入る。

投資家も喜びます。

業界では

「一回売り切り(Buy once)より、継続課金(Recurring Revenue)の方が企業価値が高い」

というのは半ば常識です。

だからAdobeもOfficeもゲームも

みんなサブスク化しました。

つまり

企業には非常に都合が良い仕組みでもあります。


業界話② 消費者は逆に不安になる

一方で利用者は

「あれ?」

となります。

昔なら

本棚に本がある。

CDがある。

DVDがある。

しかし今は

契約をやめた瞬間、

全部なくなる。

これを心理学では

「所有効果(Endowment Effect)」

とも関連づけて語られます。

人間は

「自分の物」

になると価値を高く感じる傾向があります。

だから

レコードを何百枚も集める人は

音楽だけではなく

「所有する喜び」

も買っているわけです。


宮台さんは「所有」を否定しているの?

ここは少し注意が必要です。

宮台さんは昔から

「モノより関係性」

を重視する人です。

つまり

家や車より

仲間

共同体

身体性

経験

を重視する。

だから

「モノを抱え込むより、流動的に生きよう」

という方向へ話が行きやすいのです。


でも、それは押し付け?

ここは意見が分かれるところです😊

哲学や社会学には

少し面白い"業界あるある"があります。

社会学者は

「社会全体ではどうあるべきか」

を考えます。

一方、

工学者は

「どう作れば便利か」

を考えます。

商売人は

「お客さんは本当に買うか」

を考えます。

だから、

社会学者が

「所有はやめよう。」

と言うと、

中古車屋さんは

「いや、お客さんは自分の車が欲しいですよ。」

となります(笑)。

どちらも、それぞれの立場から見た「真実」なのです。


雑学😊

実は世界一のお金持ちクラスにも

所有しない派

がいます。

例えば、

超富裕層でも

ヨットや飛行機を

「共同所有」

「レンタル」

で済ませる人は珍しくありません。

理由は

維持費がものすごいからです。

つまり

「金持ちだから全部買う」

ではないんです。

逆に、

高級時計や美術品のように

所有そのものに価値がある

世界もあります。


私ならこう考えます

私は、このテーマは**「所有かサブスクか」の二択ではない**と思います。

  • 日常的に使うものはサブスクが便利。
  • 思い出や愛着があるものは所有する価値がある。
  • 災害時やサービス終了のリスクを考えると、全部をサブスクに依存するのも危うい。

ですから、「全部サブスク」「全部所有」という極端な考え方よりも、自分にとって何を手元に残したいかを選ぶほうが現実的でしょう。

宮台さんは、議論を鋭くするために、あえて極端な言い方をすることがあります。そこから考えるきっかけを与えるのが、彼のスタイルでもあります。一方で、それをそのまま「唯一の正解」と受け止める必要はありません。社会学者の提案を一つの視点として受け取り、自分の暮らしに照らして「ここは納得できる」「ここは違うな」と吟味すること自体が、むしろ社会学的な態度だと言えるでしょう。


例えば、Kindleの、端末を、2台も、あるのに、もう、全然使う気に、なれないんです、私の、場合、まるで、読んだ、気に、ならないし、自由が、奪われている様に、感じてしまいます、

その感覚は、実はかなり興味深いです😊。

しかも、あなただけではありません。読書好きや本好きの間では、昔からよく語られる話です。

「読める」と「読みたくなる」は別

Kindleは何千冊も持ち歩けます。

客観的には、

「これほど自由な読書環境はない」

とも言えます。

でも、実際には

「なぜか紙の本しか読む気がしない」

という人は少なくありません。

これは心理学や認知科学でも研究されていて、人は情報だけでなく、「手触り」「重さ」「ページをめくる感覚」「本棚にあるという存在感」なども含めて読書を経験している、と考えられています。


宮台さんの言う「力が湧く」で考えると…

面白いことに、あなたの話を宮台さん流に解釈すると、

Kindleは

「便利ではあるが、生命力が湧かない道具」

ということになります。

つまり、

便利かどうかと、

自分の生命力が増すかどうかは別。

これは宮台さんがよく区別するところです。


「自由を奪われる感じ」の正体

ここが一番興味深いですね。

Kindleは

「好きな本をいつでも読める」

はずなのに、

あなたは

「自由が奪われているように感じる」

と言いました。

この感覚には、いくつかの可能性があります。

例えば、

  • 「この端末で読まなければ」という義務感が生まれる。
  • 画面の中では、本が「データ」に感じられてしまう。
  • 端末という一つの仕組みに読書体験が囲い込まれているように感じる。

つまり、「読書を自分でコントロールしている」というより、「読書の仕方をシステムに決められている」と感じる人もいるわけです。


本好き業界の雑学📚

実は古書店や出版社には、

「電子書籍は売れているのに、紙の愛好家はなかなか減らない」

という不思議な現象があります。

特に、

  • 哲学
  • 文学
  • 歴史

の読者ほど紙を好む傾向がある、とよく言われます。

一方で、

  • 小説を一気読みする人
  • 漫画を大量に読む人

は電子との相性が良いという声も多いです。

もちろん個人差はありますが、「読むジャンルによって媒体を使い分ける」という人は珍しくありません。


所有の感覚も関係する

紙の本は、

「これは自分の本だ」

という感覚が強いですよね。

本棚を眺めるだけで、

「ああ、この本を読んだな」

と思い出せます。

Kindleでは、

何百冊あっても一覧画面になってしまい、

「本棚を歩き回って偶然再会する」

ような体験が弱くなります。

その違いを大きく感じる人もいます。


あなたの話を聞いて思ったこと😊

あなたは以前から、「実感」や「身体で納得できること」を大切にする話題に関心があります。

その意味では、

Kindleが便利かどうかよりも、

Kindleでは「読んだ」という実感が湧かないことのほうが、あなたにとっては重要なのでしょう。

もしそうなら、「紙の本を選ぶ」のは、時代遅れだからではなく、あなた自身の読書体験に合った選択です。

結局のところ、道具は「一般的に効率が良いか」ではなく、「その人の知的活動や生活に力を与えてくれるか」で選んでもよいのだと思います。便利さだけを基準にすると見落としがちな点ですが、読書のような営みでは、その違いが意外と大きいのかもしれません。


家や、車でも、自由に、DIYで、いじったり、ペンキを、塗ったり、それが、面白いのに、出来ないのは、ツマラナイです、

その感覚は、とてもよく分かります😊。

実は、これは単なる「所有欲」ではなく、哲学やデザイン論では**「自分が世界に働きかけられる感覚(主体性)」**として議論されることがあります。

あなたが言っているのは、

「家や車を持ちたい」

というより、

「自分で手を入れて、自分のものにしていく過程が楽しい」

ということですよね。

ギリシャ哲学風に言えば

古代ギリシャでは、人間は単に消費する存在ではなく、「作る」「形にする」ことにも価値があると考えられていました。

家具を作る人、船を作る人、家を建てる人などは、単に完成品を手に入れるのではなく、自分の技術や工夫を世界に表現していました。

そう考えると、

DIYは「モノを直す」だけではなく、

「自分の能力を世界に刻む行為」

とも言えます。


「借り物」ではできないこと

例えばカーシェアの車で、

  • 好きな色に塗る
  • ステッカーを貼る
  • シートを交換する
  • サスペンションをいじる

こんなことは当然できません。

賃貸住宅でも、

壁を好きな色に塗ったり、大胆に改装したりするのは難しい場合が多いですね。

つまり、

利用する自由はあるけれど、

作り変える自由は制限されることがあります。


雑学:メーカーも困っている(笑)

自動車メーカーでは、

「昔のユーザーは休日になると車をいじっていた」

という話がよく出ます。

1970〜90年代頃は、

  • エンジンを調整する
  • オーディオを交換する
  • ホイールを替える

などが趣味の人がたくさんいました。

ところが最近の車は電子制御が増え、DIYで触れる部分が少なくなっています。

メーカーにとっては安全性や性能の向上というメリットがありますが、一方で「いじる楽しみが減った」という声もあります。


パソコン業界でも同じ

昔は自作PCが大ブームでした。

CPUを選び、

メモリを増設し、

ケースを塗装する。

ところが最近は、

ノートPCやスマートフォンのように、

「開けることすら想定していない製品」

が増えました。

便利にはなりましたが、

「自分で育てる楽しみ」は減った、と感じる人もいます。


宮台さんの考えとの違い

ここは少し面白い対比になります。

宮台さんは「所有より関係性」「所有よりアクセス」という方向を語ることがあります。

一方、あなたが大事にしているのは、

**「所有そのもの」ではなく、「自分の手で変えられること」**です。

この二つは、似ているようで少し違います。

つまり、

  • 「持っている」という事実よりも、
  • 「自由に手を加えられる」という自由

に価値を感じているわけです。


実は、この感覚は近年のデザインや工学でも見直されています。完成品をただ使うだけではなく、ユーザーが修理したり改造したりできる「修理する権利(Right to Repair)」という考え方が広がっています。これは、製品を長く使えるようにする環境面の理由もありますが、「自分で手を入れられる」という主体性を重視する面もあります。

ですから、あなたの「ペンキを塗ったり、DIYでいじったりするのが面白い」という感覚は、単なる趣味ではなく、「世界に自分が働きかけている」という実感を大切にしている、と理解することもできます。そう考えると、「所有」を支持する人と「サブスク」を支持する人の違いは、モノを持つかどうか以上に、世界との関わり方をどう考えるかという価値観の違いなのかもしれません。


macや、スマフォは、兎も角として、ノートPCは、工場でも、製造に携わってもいたので、メモリー増設や、ハードディスクやSSDの、換装くらいは、YouTubeにも、レクチャーも、あるし、誰でも、出来る、場合も、あります、複雑すぎる場合は、諦めることも、ありますが、

おっしゃる通りです😊。先ほどの私の表現は少し大雑把でした。

特にノートPCの世界は、スマホやMacとはかなり事情が違います。実際、機種によっては、

  • メモリー(RAM)の増設
  • SSD交換
  • HDDからSSDへの換装
  • Wi-Fiカード交換
  • バッテリー交換

などは、工具さえあれば一般ユーザーでも十分可能です。

しかも今はYouTubeや修理サイトで、分解手順が公開されています。昔なら「メーカー修理に出してください」だった作業が、今では個人の技術として共有されていますね。

実はPC業界でも「いじれる文化」がありました

パソコン業界には昔から、

「自分で性能を上げる楽しみ」

という文化があります。

例えば1990年代〜2000年代のデスクトップPCでは、

  • CPU交換
  • メモリー増設
  • グラフィックボード交換
  • 冷却ファン交換

などは当たり前でした。

秋葉原などでは、パーツショップを巡って「この組み合わせなら速いぞ」と考える人たちがたくさんいました。

これは単なる節約ではなく、

「機械を理解して、自分の手で性能を引き出す」

という趣味だったんですよね。


工場経験がある方なら、なおさら違う視点があります

製造現場を経験した人は、完成品を「魔法の箱」として見ないことが多いです。

内部には、

  • 基板があり
  • 部品があり
  • 組み立て工程があり
  • 品質検査があり

という「作られた世界」が見える。

だから、

「少し開けてみよう」 「ここを交換できそうだ」

という発想が自然に出てくる。

これはDIY精神と非常に近いと思います。


ただ、メーカー側の事情もあります

一方で、最近のノートPCが難しくなった理由もあります。

メーカーは、

  • 薄型化
  • 軽量化
  • 防水・防塵
  • 放熱設計
  • バッテリー容量確保

を追求します。

その結果、

「部品を交換しやすい設計」

より

「最初から完成度を高める設計」

に向かう傾向があります。

例えばメモリーを基板に直接載せる(オンボード化)と、薄く軽くできます。

でもユーザーから見ると、

「後から育てる余地がない」

という寂しさが出ます。


面白い業界話😊

実はPCメーカーの中でも、方向性は分かれています。

一方では、

「薄く、美しく、壊れにくい完成品」

を目指す流れ。

もう一方では、

「修理できる、交換できる、長く使える」

を目指す流れがあります。

後者の代表例として、近年はFramework Computerのような「モジュール式ノートPC」が注目されています。


ですから、先ほどの「所有よりサブスク」という話ともつながりますが、あなたが感じている違和感は、おそらく単に「物を持ちたい」という話ではなく、

「自分が参加できる余地が欲しい」

ということなのだと思います。

完成されたサービスを消費するだけではなく、

「少し壊れる」 「少し不便」 「だから自分で工夫する」

という余白に、楽しさや自由を感じる人は確実にいます。

昔の機械が愛された理由の一つは、まさにそこだったのかもしれません😊。

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